まんまるが居間に佇む

日々のへんてこ事件・のほほん時間の覚え書き。

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朝日あげ♪

いつの間にか新しい年も明け、松も明け、
いつの間にか体重が人生最大値を更新し、
大変なことになっております(滝汗)

皆さま、いかがお過ごしでしょうか。

こちらは元気にしております。
ライブに行くこともだいぶ減りましたが、
たまに某所に出没してはきゃいのきゃいのと騒いでおります。

いいことも悪いことも続々押し寄せてきますが、
何とか穏やかに過ごせていますので、
どうぞご心配なく。

とりあえず、義父に送ってもらった朝日あげ(揚げせんべい)が美味しいです。

今年は良いことが洪水のように押し寄せてきますように。

ちゃあ
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福袋

10-01-18_010.jpg
に入っていた片口です♪
飲んべの必需品

…とりあえず写真を撮ってみました♪
ふぅ、携帯だとこの程度の投稿に随分時間がかかるなぁ
しかも写真、回転してるし

みなさま、今年もよろしくお願いいたします
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携帯買いました。

ちょいと必要があって、携帯買いました。
まだ全然慣れません。
買うのも使うのも大変です。
みんな、こんなややこしいものを、よく使いこなしているものだと、感心するばかりですひやひや

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ご報告(その2)

毎度、ご無沙汰しております
何だか気ぜわしく、かといって家事がはかどる訳でもない、
なまけものちゃあでございます

先日お知らせした通り、
無事にホームヘルパー2級の修了証を頂きました。
これで晴れて資格持ちです

とはいえ、お勤めに出る訳でもなく、
毎日のほほんと暮らしております。

例の左上腹部及び背部の痛みは継続中なので、
昨日、かかりつけ医の紹介状を持って、
某大学病院に行ってきました。
でっかい病院はきんちょーするなぁ

総合診療科で診て頂いたので、
内科に限らない先入観ゼロからの診察となりました。
昨日の結論としては、
内臓ではなく骨格系の問題が考えられるね、ということでした。
レントゲンと簡単な血液&尿検査をしてきました。
結果は1週間後です。
どうか原因が分かりますように…。

ちゃんと私の目を見て話してくれる医師に、
大きな信頼感が沸いてくるのを
ひしひしと感じた昨日でありました。

結果が出ましたら、またお知らせします。

なお、次回は「2009 music cha-award」をお送りする予定です
ではでは。
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ご報告。

秋よりホームヘルパー2級の講座を受けることとなり、
昨日まで、毎日慌ただしくしておりました。

おかげさまで、座学及び実技の講義は修了し、
あとは4日間の施設実習を残すのみとなりました。
12月3日には修了式を迎える運びとなっております。

来週から始まる施設実習で、
介護の実際を勉強して参ります。
飛び込むのに覚悟の必要な介護の世界です。
この仕事で飯を食う覚悟のない私に、
どんな現実が迫って来るのか、
今から正直ビビっております。

でも、知らないことはできないのだから、
大切な家族のために、
何でもかんでも知ってこようと思います。

今はただ、風邪を引かないように気を付けて、
教科書や講義ノートをぱらぱらとめくるばかりの私であります。
施設を利用しておられる高齢者の方々に、
外から持ち込んだ風邪を振りまく訳にはいかないので…。

それではでは。

ちゃあ
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裁判 in 裁判 考察

 初めての裁判員裁判が終わった。 

裁判員裁判が導入されたのは、 
「市民感覚を司法の場に採り入れる」ためといわれる。 
では、今回の裁判員裁判に、 
所謂「市民感覚」なるものは反映されたのだろうか。 

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脳死は人の死か?

 卒論の担当教官だった我が師匠は、 
脳死は人の死であるから推進すべきであり、 
逆に生体肝移植は禁止すべきだと主張する人だった。 

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病院での待ち時間は、

ひたすらひたすらかぎ針編み。

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経過報告。

油断ち卵断ちの日々が始まって、早や2カ月半。
卵が食べたくなる以外には、特に問題ない食生活を送れています。

とはいえ、治療そのものはちっとも進行していません。

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いつかは起こる事故だと思っていた。

 今朝の朝日新聞1面トップ。
「受精卵取り違え 妊娠」

見出しを見た瞬間の感想は「あぁ、やっぱり起きた」だった。

人は間違える。
きっといつかは、こんなことが起きるだろうと思っていた。

詳しく記事を読む。
受精卵取り違えに関して香川県立病院の犯したミスは、以下の通り。

①被害者Aさんの受精卵が入ったシャーレ以外に、
 別の患者Bさんのシャーレも同一の作業台に載せていた。
②受精卵の入ったシャーレには、
 シャーレの蓋だけに患者名が記されていた。

①については、
一つの作業台には一つの受精卵のシャーレだけを載せるというのが、
ミスを防ぐ最低限の配慮であり、当然のルールである。
これだけでもきちんと行っておれば、②の条件があっても、
受精卵の取り違えは起きなかっただろう。

②については、
シャーレは蓋と本体があるのだから、
両者に患者名を記しておくべきである。
そうしなければ、蓋など外してしまえば、
本体は名無しのゴンベイになってしまうのだ。
そうなったら、もはや誰の受精卵なのか確認のしようがない。

しかし、これらは不妊治療を行っているような医療従事者であれば、
常識中の常識だった筈である。
いや、不妊治療に限らない。
生物学、医学全般、科学、化学等で研究や治療に携わったことがあれば、
常識以外の何者でもないことだ。
サンプルや試薬の混同を防ぐ努力は、どんな分野でもしている。
そのためのルールは、基本的に同じだ。
ましてや「生命」の混同を防ぐルールを蔑ろにするとは、
まさに言語道断である。

また、その他のミスとして、患者Bさんに今回の事故が知らせたのが、
Aさんの中絶手術が終わって2カ月も経ってからだったということがある。
これについては、病院として、医療従事者として、
両患者に対する誠実さがかけている証拠であることは明らかだ。
体外受精の流れを端的に見ていけば、分かるだろう。

<体外受精の主な流れ>
1)患者から卵子を採取。
2)患者の夫から精子を採取。
3)1)と2)を受精させて受精卵にする。
4)3)の受精卵が卵割をするよう、培養液の中で育てる。
5)初期の卵割が確認できたら、患者の体内に戻す。

ちなみに、1)の卵子の採取は、患者に麻酔をかけて行われる。
卵子が存在する卵巣は、例えば胃のように開かれた臓器ではない。
喉の麻酔だけで内視鏡を入れて、というような訳にはいかない。
腹部に穴をあけて卵子を吸い出す、という風に表現できようか。
麻酔をかけなければ卵子の採取は不可能だ。
こうした「身体への侵襲がある」という意味で、
卵子の採取はリスキーなことだ。

それから、上記の1)から5)の流れの間はずっと、
患者にはホルモン剤の投与が行われている筈だ。
数日おきに病院に通い、痛い痛い筋肉注射を幾度となく受け、
子宮の内膜を妊娠しやすい状態にすることが必要なのだ。
もちろん、採取できる大きさに卵子を育てるための
ホルモン剤投与も筋肉注射などで行われる。

しかも、卵子の採取ならびにホルモン剤の投与については、
今回の被害者のAさんだけでなく、
受精卵を取り違えられたBさんにも行われている筈だ。
さらに、こうした治療は保険がきかないものが多い。
体外受精だって6桁の金額である。
不妊治療には、本当に大変な費用が必要なのだ。

このような事情の上に起こったのが、今回の受精卵取り違え事故である。

加えて、結果的に中絶させられたAさんにとっては、
より妊娠がしにくくなるという状況も起きかねない。
人工妊娠中絶とは、子宮内部を掻爬することである。
子宮が無傷ですむ、という訳にはいかないのだ。
勿論、人工妊娠中絶が即不妊に繋がるという意味ではない。
しかし、不妊治療を受けている患者にとって、
いいことである筈は無いのだ。

さらに双方の患者さんの精神的苦痛や、どれほどのものか。
痛い思いをして採取した卵子を無駄にされた。
Bさんはその事実を知ることも妨げられた。
Aさんは折角待ち望んだ妊娠をしたのに、結果的に中絶させられた。
精神的にジェッコトースターに乗せられてしまったようなものだ。
まさに「天国から地獄」だ。

新聞もテレビもラジオも、この病院に対し非難轟々である。
当然の反応かもしれない。
ただ、この事故がこうして大きなニュースになったのには、
病院が患者に対し誠実さにかける対応をしたからであろう。
患者との関係を悪化させた、そうした対応が、
病院自らの首を絞めるようなニュースとなって世間を駆け巡った訳だ。
もし、きちんと患者に誠実に接していたなら、
きっとニュースにはならなかったのではないか。

しかし、この病院を如何に非難したとしても、
このような事故は、いつかどこかで、多分また起きる。

なぜなら、人は慣れるのである。
人は甘えるのである。
そして、人は間違えるのである。

きっと、どんな医療従事者でも、
自分のミスによる結果は分かりすぎるほど分かっているのだから、
注意に注意を重ねて仕事をしている筈である。
しかし、人は毎日同じ仕事をしていると、必ず慣れてしまう。
慣れてくると油断が生じる。
ミスを防ぐためのチェックをルール化している筈なのに、
「今までミスしてないのだから、このルールは無視してもいいだろう」となってくる。
こうして、人は甘えるのである。
仕事に慣れ、甘え、ルールが遵守されなくなると、
もはやミスを防ぐチェックができなくなる。
そうして、人は間違えるのである。

そんなことは、誰にでもきっと起きる。
自分に起きなくても、同じ職場の誰かに起きる。
これをどう防ぐ?

今回は受精卵の取り違えだったが、
例えば人工授精で患者の体内に入れる精子を、別の患者のパートナーのものと間違えたら?
この場合、精子は一度「洗浄+濃縮」というステップを踏む。
この際に取り違えられないという保証はどこにもない。
もっといえば、違う血液型の血液を取り違えて輸血する、
体表を消毒する薬剤と点滴用の薬剤を取り違えて点滴するなど、
取り違えなんて、不妊治療に限ったことではない。
どれもこれも「生命に関わること」には違いがない。

どんなに「生命に関わることなのだから」といっても、
その重大事に毎日関わっている人間にとっては、日常なのである。

そこを忘れて、この事件を論じても不毛である。

慣れ、甘え、間違える、不完全な存在である人間が、
生命の発生に関わっているのである。
だれがどうやっても、このような事故が起きない方法を、
どうにか知恵を絞って必死でひねり出す時期に来ているのではないだろうか。

体調優れず、書きたいことの半分も書けなかったけれど、
どうしてもこの事故について論じておきたかった。
マスコミのヒステリックな論調に流されず、
いま一度この問題を、
これを読んで下さっているあなたに考えてほしかったから。
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